実際、日本が巨額というのもアホらしい負債を抱えていながら、一気にぶち倒れてしまわないのは、ひとつには過去の巨大債務国のケースを徹底的に官僚が研究しているからだが、サッチャーが頭角をあらわした1970年代末から1980年代には、連合王国は、「社会を構成する人間全体の需要に応えるだけの生産性がない」という、殆ど不治とみられる病に陥っていた。
イギリス人に訊けば、サッチャーの最大の功績は「肥大化した官僚や組合との対決に勝った」ことだというだろうが、実際には、ことはそう単純ではなくて、文明が発達した結果できあがった大衆社会の生活レベルそのものが生産性がおいつくわけがないところにまで来てしまった、というほうが当たっている。
簡単に言えば国民ひとりひとりが「最低限の生活」と考える生活を送るのに30万円かかるとして、収入は20万円しかない、という状態に国全体が陥っていたからでした。
慢性赤字なのね。
「モニさん、うち、もうずっと赤字なのよ。家計簿つくってみても、明日もあさっても今月も来月もずううううーっと赤字で借金がふえるだけなのよ。わたし、もうどうしたらいいかわかんない」と、しおしおと泣く大庭亀夫のような状態である。
家計と国家の財政を一緒にするなんて、サイテーだな、というカネのない正月でひまをこいたカシコイひとがまたあらわれそーだが、
サッチャーも、
「Any woman who understands the problems of running a home will be nearer to understanding the problems of running a country」
とゆっておる。
家計も国家財政も似たよーなもんです。
借金続ければつぶれるのよ。
恐怖と憎悪の対象であった、このサッチャー首相というひとは同時に
「If you want something said, ask a man; if you want something done, ask a woman. 」
口先ばかりで、内実は、自分の評判しか考えない連合王国の男共とはまるで違うひとでした。
いまでも大学の老先生のなかには、サッチャーの目の部分だけ切り離して逆さまに貼った
(やってみると判るが、こうするとマーガレット・サッチャーの顔は鬼よりこわい形相になります:注1)写真を飾って日々当時の予算大削減と大学を含む伝統社会を破壊しつくした政策の数々を呪詛するのが習慣(^^;)になっているひとがいるが、サッチャー首相の鉄腕ぶりは、それはもう見事、というか言葉の上でも、文化や学問を守る気がないのか、とでもちょっとでも言い返そう日には、この穀潰しのニセ学者のアンポンタンの唐変木野郎が、とえらい勢いで罵倒されてしまうので、誰も口答えが出来なくなるていのものでした。
(via ginzuna)